BIMは、ソフトを導入すれば自動的に回るものではありません。社内のルールを決め、標準を整え、他職種と調整する「旗振り役」がいて初めて、実務として機能します。それを担うのがBIMマネージャーです。ところが中小の設備設計事務所では、この役割が「Revitに一番詳しい若手」に事実上押しつけられ、肩書きも権限も与えられないまま属人運用に陥っているケースが少なくありません。担当者が孤立し、ノウハウが個人に閉じ、その人が辞めた途端にBIM運用が止まる——そんな話は決して珍しくありません。本記事では、BIMマネージャーが本来果たすべき機能、求められる能力、権限と評価の設計、そして立ち上げの最初の90日で踏むべき手順までを、現場でよく見る失敗例とあわせて実務目線で整理します。これからBIMマネージャーを置こうとしている経営層の方にも、これから役割を担う担当者の方にも役立つ内容を目指しました。
BIMマネージャーは「オペレーター」ではない
まず最初に押さえておきたいのは、BIMマネージャーはオペレーター(モデラー)とは役割がまったく異なるという点です。オペレーターの仕事はモデルを速く正確に組むことですが、BIMマネージャーの仕事は、社内のBIM運用ルールを定め、テンプレートやファミリを整備し、プロジェクトごとのBIM実行計画書(BEP)を作成し、意匠・構造・施工の各担当と調整すること——いわば「設計プロセスそのものを設計し直す」ことにあります。
手を動かす人ではなく、手の動かし方の基準をつくる人。この違いを理解しないまま「操作が得意だから」という理由だけで人を任命すると、本人もモデリング作業に忙殺され、肝心の標準づくりが進まないという事態になりがちです。マネージャーに求めるべきは生産量ではなく、組織全体の生産性を底上げする仕組みづくりだ——この前提を経営層と本人が共有しておくことが、すべての出発点になります。
BIMマネージャーが担う具体的な業務
抽象的な説明だけではイメージしにくいので、BIMマネージャーが実際に担う業務を具体的に挙げておきます。代表的なものは次のとおりです。
- BIM運用ルール・標準の策定(命名規則、フォルダ構成、モデリングの粒度)
- テンプレートとファミリの整備・管理
- プロジェクトごとのBIM実行計画書(BEP)の作成
- 意匠・構造・施工、外注先とのデータ連携と調整
- 社内教育・操作サポートの仕組みづくり
- 共通データ環境(CDE)の運用とデータ管理
これらを見ると分かるとおり、業務の多くは「調整」と「仕組みづくり」です。純粋な操作スキルが占める割合は、実はそれほど大きくありません。この点を理解しておくと、後述する「求められる能力」や「評価の設計」が腑に落ちやすくなります。
中小事務所で求められる3つの能力
では、こうした業務をこなすために、どんな能力が必要なのでしょうか。中小事務所のBIMマネージャーに求められる能力は、大きく3つに整理できます。
1つ目はBIMソフトの実務スキルです。Revit MEPやRebroで自分でモデルを組めるレベルが望ましく、最低でも他の設計者が詰まったときに横で操作して見せられる習熟度は必要です。自分で手を動かせないマネージャーが決めた標準は、現場の実態とズレやすく、設計者からの信頼も得にくいからです。
2つ目は設備設計そのものへの理解です。空調・衛生・電気のいずれかで一通りの設計経験があると、モデル上の判断——どこまで作り込むか、何を省略するか、どの情報をモデルに持たせるか——の精度が格段に上がります。設計を知らないままモデリングのルールだけ決めると、現場で使えない過剰な標準になりがちです。
そして3つ目が、見落とされがちですが最も重要な調整力です。BIMマネージャーの仕事の半分は、他職種・経営層・外注先との交渉に費やされます。新しいルールは必ず誰かの作業を増やすため、その必要性を説明し、納得を得て、運用に乗せるところまでやり切る力が要ります。技術力だけでは標準は定着しません。むしろ、技術は平均的でも社内調整に長けた人のほうが、マネージャーとして機能する例は多くあります。
立ち上げ最初の90日:3つのフェーズで考える
BIMマネージャーを任命したら、最初の90日をどう使うかが、その後の定着を大きく左右します。やみくもに動き出すのではなく、3つのフェーズに分けて考えると進めやすくなります。
最初の30日:現状把握
まず着手すべきは社内の現状把握です。どのプロジェクトでBIMが使われ、誰がどのレベルで操作でき、テンプレートやファミリは整っているか、外注先とのデータ受け渡しはどう運用されているか。この棚卸しをしないまま走り出すと、優先順位がつけられず、力の入れどころを間違えます。既存のモデルやファイルを実際に開いて確認し、各設計者に短いヒアリングをしておくと、現場の本音と課題が見えてきます。
31〜60日:標準の骨格づくり
現状が見えたら、次は標準の骨格をつくります。ただし、ここで完璧を目指してはいけません。命名規則、フォルダ構成、モデリングの粒度(どこまで作り込むか)といった「最低限これだけは揃えたい」項目に絞り、まず7割の完成度で形にします。細部は試行運用の中で詰めていけば十分です。最初から分厚いマニュアルを作り込もうとすると、いつまでも運用が始まりません。
61〜90日:試行運用
骨格ができたら、1〜2の実プロジェクトに絞って試行運用します。全プロジェクトを一気にBIM化しようとすると現場が回らなくなり、かえって反発を招きます。小さく始めて成功事例を社内に見せ、そこから横展開する。この順番が、中小事務所では最も失敗が少ないと感じています。試行の中で出た不具合や使いにくさを拾い、標準に反映させていくことで、現場で実際に使える運用ルールへと育っていきます。
権限と評価をセットで設計する
BIMマネージャーが機能しない最大の原因は、スキル不足ではなく権限の欠如です。「ルールを決めても誰も従わない」という相談を数多く受けますが、その多くは経営層から正式な権限委譲がなされていないことに起因します。一担当者が決めたルールには、ベテラン設計者ほど従いません。「社内標準を上書きできる権限」を、経営層が明確に与える必要があります。
同時に欠かせないのが、その役割を正当に評価する仕組みです。BIMマネージャーの成果は、目に見える図面の枚数では測れません。たとえば、テンプレートの整備状況、社内のBIM活用プロジェクト数、手戻りやデータ不整合の削減、教育による操作可能者の増加といった指標を、評価のものさしとしてあらかじめ決めておきます。役割だけ与えて権限と評価を伴わせなければ、本人が疲弊して終わり、せっかくの取り組みも続きません。権限と評価は、必ずセットで設計してください。
よくある失敗パターン
最後に、立ち上げ期に陥りやすい典型的な失敗を整理しておきます。先回りして知っておくだけでも、回避できるものは少なくありません。
「ヘルプデスク化」してしまう
最も多いのが、担当者が社内の操作質問に追われる「ヘルプデスク化」です。問い合わせ対応に時間を取られ、本来やるべきテンプレート整備や標準化が一向に進みません。これを防ぐには、操作質問を社内Wikiやナレッジベースに集約して自己解決を促す、よくある質問はマニュアル化する、立ち上げ期だけ外部に問い合わせ窓口を委ねる、といった仕組みが有効です。担当者の時間を「標準化」に確保することを、最優先で守ってください。
完璧な標準を作ろうとして動けない
もう一つ多いのが、最初から完璧な標準やマニュアルを作ろうとして、いつまでも運用が始まらないパターンです。標準は使いながら育てるもの。7割の完成度で走り出し、現場のフィードバックで磨いていくほうが、結果的に早く定着します。
経営層を巻き込めていない
経営層が「現場に任せた」とだけ言って関与しないのも、よくある失敗です。前述のとおり、権限と評価は経営層しか与えられません。立ち上げ時に経営層が方針と権限を明示し、定期的に進捗を確認する体制があるかどうかで、定着率は大きく変わります。
専任を置けないなら「機能を分割する」
ここまで読んで、「うちにはそんな人材を専任で置く余裕はない」と感じた方も多いはずです。しかし、BIMマネージャーは肩書きではなく機能です。1人の専任を置けなくても、機能を分割して複数人で担う方法があります。
たとえば、標準を決める人、最終判断をする人、操作を教える人を分けて受け持つ。重要なのは、誰が標準を決め、誰が最終判断をするかを明確にしておくことです。ここが曖昧なまま進むと、BIMはいつまでも「一部の人の趣味」にとどまり、組織の資産になりません。役割分担を文書にして共有するだけでも、属人化のリスクは大きく下がります。
外部の伴走という現実的な選択肢
社内に十分な人材を割けない規模であれば、立ち上げ期だけ外部の支援を活用するのも合理的な選択です。最初の半年〜1年は外部のBIMコンサルタントに伴走してもらい、テンプレートと運用ルールが社内に定着してから内製へ切り替える——この進め方は、人手の限られる中小事務所と特に相性が良い方法です。外部に依頼する際は、丸投げにせず、最終的に内製化することをゴールに据え、ノウハウが社内に残る形で関わってもらうのがポイントです。
まとめ
BIMマネージャーは、操作の達人ではなく、設計プロセスの設計者です。求められるのは操作スキル・設備設計の理解・調整力の3つで、とりわけ調整力が定着の鍵を握ります。立ち上げは現状把握から小さく始め、権限と評価をセットで設計する。専任が難しければ機能を分割し、必要なら外部の伴走も活用する。こうした順序を押さえておけば、中小事務所でもBIMを「一部の人の趣味」で終わらせず、組織の資産へと育てていけるはずです。
監修者
長谷川一夫
機械設備設計部
パラダイム部長


